自分の感性を大事にしようという話

実用系
実用系

自分の感覚、大事にしていますか?

 

Kycha
Kycha

日本での社会生活においては特にそうだと思うけど、社会では”いかに人に合わせられるか”が重視されますよね
 
協調性があることはとても良いことだと思います。社会で生きていく上でのメリットはその方が多いしね。

 

Kycha
Kycha

けど「協調すること」と「我慢して合わせること」は別の事柄だと個人的には思います。
 
皆さんは自分の感性をキープしながら生きれていますか?
 
この記事では個人的なエピソードをまじえて、感性を大事にすることの重要性をお話ししたいと思います!

 

「協調すること」≠「我慢して合わせること」

 

当たり前だろ!!!と言われそうですが、「協調すること」と「我慢して合わせること」は全く違う事柄だと思います。

 

辞書を見ると、協調=互いに協力し合うこと だそうです。これには双方の歩み寄りとすり合わせが必要ですね。一方的なニュアンスはないように思います。

一方、我慢して合わせる=少なくとも片方が自分の考えや意見を抑え込んで相手に従うこと だと私は思っていますし、”協調”とは逆に一方的なニュアンスを感じます。

 

では、社会で生きていて一体どのくらいの人が”我慢”ではなく”協調”できているのでしょうか。

相手の都合を鑑みて行動できることは”協調”と言えるかもしれませんが、どのくらいの人が行きたくもない飲み会を断れているのでしょうか。
断った人に対して文句を言わない人はどのくらいいるのでしょうか。

 

太陽の色は赤?黄色?
現実的に考えると黄色が近いのかなぁ。それでも赤で描かれていることが多いと思います。
周りの目を恐れずに誰からの指摘もなしに、太陽を青く塗れる子どもはどのくらいいるんだろう。

 

“良い天気”=”晴れ”?
雨が好きな人にとっての”良い天気”は雨かもしれない。当たり前の概念自体ないんだと思うなぁ。

 

Kycha
Kycha

きっと我慢してる人、してきた人、たくさんいますよね?

お互いしなやかに協調できているのであれば、鬱も自殺も激減すると思いませんか?

 

飲み会は断っても良い(自分が感じる”価値”を大事に)


自分の時間を持つことは何も悪いことではないと思います。
もちろん、人脈形成や積極的なコミュニケーションの機会を喪失しているという考え方も理解できますよ!
何を自分にとっての価値と考えるかは人それぞれだ、ということが言いたいのです。

 

飲み会を断ってまでしたいこと。勉強・アニメを見る・ひとり飯・寝る…etc
「そんなの別の日にすれば良いじゃん。」と思いますか?でもそれはその発言をした人の価値ですよね。

 

人生は思ってるよりきっと短い。
自分や誰かの為に一生懸命働いてるんだから、働いていない時間くらい人基準じゃなくて自分基準で自由に過ごしても良いんじゃないでしょうか。

 

“普通”を鵜呑みにしなくても良い

 

私が幼稚園に通っていた時の話をします。
幼稚園では絵を描きますよね?私は当時”○”の形状と赤色が好きだったので赤く塗った丸い花をたくさん書いていました。笑

 

その時私の周りの大人たちは、「花は丸じゃなくてこうだよ」と”正しい”花の描き方を教えてくれました。

 

それくらい知ってました。

 


知ってたけど私は丸と赤が好きでそれを描いていたんです。

 

↑でも触れたように、色に関しての指摘もありました。
例えば太陽=赤、海=青、月=黄色など、”普通はこの色だよ“と何度も言われたのです。

 

それくらい知ってry

正しい知識をつけて欲しいと思って指摘していたのかもしれませんが、こちらからしたら絵の世界でくらい自由に描かせて欲しいと感じたものです。感性のままにね。

 

幼い頃はいろんな出来事があって学ぶこともたくさんあるかと思います。
けれど↑の例のように、個性や感性を潰してしまいかねない出来事がたくさんあることもまた事実。個人的にはとても残念なことだと思います。

 

あなたが誰かに何かを言われたことにより特定の行動が取れなくなったとしても、相手は責任を取ってはくれません。(犯罪とか暴力とか、あまりに非社会的な行動は別ですが)
あなたの可能性がそれで潰れたとしても、相手はむしろ自分が言ったことすら覚えていないのがオチです。

 

何が言いたいかというと、“普通”を鵜呑みにしなくても良いということ。
相手基準の”普通”を鵜呑みにしたところで、得するのは相手だけ。自分は違うなーと思ったら堂々と別のことをしていれば良いのです。(特にアート系、実用系、将来の計画とかね!)

 

“社会性を身に着ける”とは、表向きは”普通”に振る舞ってひとりになった時や心を許せるタイミングに感性を爆発させるという、うまい切り替えができることを言うのかもと最近思うのです。
だからこそ、社会とは離れたひとりの時間をバランスよく過ごしていくことが大事だと思います。

 

周りに合わせすぎる・迎合しすぎることの弊害

 

 

オードリー・若林さんの書いたエッセイ本『社会人大学人見知り学部 卒業見込』を読んだことはあるでしょうか?

 

個人的にはこの本、すごく良いなと思っていて。
共感の嵐だし自分とは違う観点でものをみているところも垣間見れて面白いんです。

 

この本の中に「“確か”なもの」というタイトルの章があります。
若林さんは元々言葉を選ぶことが苦手だったらしく、相手の気分を害してしまう事が多かったそうです。大人になってから、社会生活を営む上では言葉を選んだり感情を選んだりすることが重要だと気づき、“空気”を壊さないよう注意して生活するようになったそう。

 

けれどそういった対外的な反応ばかり気にしているうちに、「今楽しいのか?」「目の前の人のいう意見に賛成なのか?」「この映画を本当に面白いと感じたのか?」など、自分の素がわからなくなってしまったそうです。

 

そんな状況の中、格闘技のジムに通うようになりトレーナーのボディーブローが若林さんの脇腹に入った瞬間悶絶。しかしその時にハッと気づいたそう。
(痛みを”確か”に感じて悶絶している)「嘘偽りのない”自分”お久しぶりです!」

 

人の中で適応しようと努力して生きていると、人と自分の境界線が曖昧になることってありませんか?
そんな時にふと自分に立ち返らせてくれるような、“確か”に感じる事ができる瞬間を数多く持つことは幸せという概念に通じているのではないかと思うのです。

 

なんでも良いんです。
夏の夕暮れ時に幼少時を思い出して感傷的になったりとか、お笑い番組を見てウケるとか、ホラー映画を見て怖くなるとか、それは”確か”に自分が感じたものなんだからそれは誰にも侵害されない自分だけのものなのです。
大事にしましょう、自分の感性を。”人との境界線を引く“ことも大切です。

 

とにかく心だけでも自由でいましょうよ

 

↑でお話ししたように、感性だけは誰にも侵害されない自分だけのものなのです。
仕事したり家事したり忙しい生活を送っているなら尚更、自分が”好きだな”と思えるものに触れる時間を1分でも5分でも作っていきましょう。

 

私の場合はそれが、映画であったり、手芸や本、景色を見ることなどになります。
映画や手芸に関してはこのブログで記事をアップしていきますし、それも楽しみのひとつ(*’ヮ’*)

 

もし私と感性を共有してくれる方がいるなら、おすすめはホラー映画です。笑
驚いたり怖がったり、逆に笑えたりする事が簡単だから。

 

ホラー映画好きだというとまた偏見されがちなのですが、しょうがないですね。好きだもの笑
周りになんと言われようとも、感性を大事にして心だけは自由でいましょうよ!

 

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